[節の日記] 2012年2月13日 00:00

寒中お見舞い申し上げます。

日本ではあまり大きな事柄ではないのですが、近頃は特に
チャイニーズ・ニューイヤーが身近になってきたようでして、
今年は1月23日が元旦で、それ以前はウサギが干支だったんです。
コリアン・ニューイヤーも同じ日だというけれど、チャイニーズ、チャイ
ニーズ、でコリアン・ニューイヤーてあまり聞きませんのよ。
やっぱり1月1日、元旦、ってのがぴったりしませんか?毎年同じ日
というのもよろしいわ。ところがアジア圏でもお正月が年に3、4回、
祝うところあり、とgoogleサーチにありました。下記参照。

「シンガポールやマレーシアでは、中国人の他、インドネシア人など
も居住していて、祝日が入り交じっているため、ヒンズー暦、イスラム
暦、太陰太陽暦、太陽暦の4回も正月を祝うことになる。

インドネシアのバリ島では太陽暦のほかに地方暦や宗教暦の正月も
祝う。また、タイ王国は太陽が白羊宮(牡羊座)にはいる4月13日を正
月。イランは春分の日が正月など、世界的に常に1月1日が正月で
あるとは限らない。」ということです。

ちょっと物知りになった私、でもすぐ忘れる。物忘れに拍車がかかって
いるからではない。大したことでもないですから、でしょ?

今年88歳「米寿」を迎える母が「おかげでよく物忘れをする。」と。


ん?負け惜しみ?

ここからが、わが母の母たる言葉。

アンタのように、いやなこと、悲しいことをずーっと覚えていたら
年を取るほど心が貧困になるけれど、そのうちにだんだんいろんな
ことを忘れて、平穏な心になっていく。怒りも夢も忘れてね。
そうして天使の気持ち、生まれたときの気持ちに帰ってお浄土に
迎えられるのよ。

オイ、オイ.....

まだ迎えてもらわなくって結構。私にしっかりお説教してください。

[節の日記] 2012年1月1日 21:00

2012年元旦は、みどりも龍もNYに帰って、無事迎えることが出来まし
た。こうして3人が集まる機会もいつの間にか少なくなり、お互いが健康
であることを間近で感じる貴重な瞬間になりつつ、、、と言わんばかり
のカウントダウンの花火の爆音が、セントラルパークから響いてきまし
た。

昨年は東北を襲った津波や、原発の問題、和歌山の台風など、悲しい
ことが多過ぎた年でした。今年こそ明るいニュースが流れて欲しいで
す。

個人的なことでは、龍が無事大学を卒業したこと、年末には、みどりが
世界経済フォーラム(ダボス会議)からクリスタル賞を受賞の知らせを
受けたことなど、一見「良いこと」もあったように見えますが、だからと
いって、彼女の主宰するNPO“ミュージック・シェアリング”の赤字は解
消される見込みもなし、龍もヴァイオリニストという浮き草になっただけ
で、要するに「フーテンの龍」だ、とラッキーといわれる私は自嘲するし
かないのが現状です。

と、将来を考えると私は足が地に着かず、実に暗雲に飲み込まれそう
であがいておりましても、当の本人たちからはそれほどの悲壮感も伺
えない、これって若さでしょうか。
今年デビュー30周年を迎え、特別企画を組んだ一環にNHKでのドキュ
メンタリー放映を1年前からお願いしておりましたが、最近やっとこいた
だいたお答えが、NHKでは「小澤征爾、佐渡裕、辻井伸行」しか興味
ありませんので、だった。それって昨日今日に出た答えなの?とあっけ
にとられるばかりです。龍のことでもへぇー、と思うことが多々あり、こ
れってなんとか修正の余地ありなのか否か。人生なんて思うとおりに
ならないのが常。

身内を亡くされた被災者のことに比べれば、生きていられるだけでも
有難いことですのに、欲が深いこと。

それでも、これでも二人を応援してくださる皆様。心から感謝です。
今年もどうぞよろしく、宜しく、お願い申しあげます。

[節の日記]2011年11月9日 18:00

霙の降るNYを出て小春日和かと思わせる東京で2日たったように
思う。龍の「ふるさと」コンサートツアーには彼を担当するさりちゃんと
一緒に「行ってくるゾ」と出かける。少し大人になったか、即、私は現実
の世界に戻る。どんなことがあっても、我が子の音を聞いているとき
は、一切の雑念が一瞬にして彼方に去る。チューニングでさえもこの
反応が起きる、どうしてか?との答えはない。幸せ感でもない。

ご存知の方もあるかと思うが、林原共済会から終身貸与されていた
みどりの使用楽器の所有権が、林原を買った長瀬産業に移ったらし
い。新しいオーナーとすれば、全く信頼関係のないみどりが、実際その
楽器を弾いているのかを確かめるのは、うなずける。

会社更生法とやらを私は詳しく知らない。しかし大手メディアで報じら
れた、「ナガセは林原のメセナ活動を当面引き継ぐ意思がある」の報道
を疑ったことはなかった。「当面」が「1年か2-3年かは」、と紙面によっ
て同じでもなかったが。その約2ヶ月後から、私の方へ、管財人という
国家管轄の裁判所に選ばれた偉い人から、我が事務所の弁護士を通
じて、どうも雲行きが変わったようなお達しが当然の如くに伝えられる。
フーン、ナガセは林原メセナの所有していたものを売るんだな。
しかしグローバルな大会社の社長が、舌の根も乾かぬうちに気持ちが
変わった、で商売をされているわけがない。と。想像は出来ても信じら
れなかった。
以来、私たちは、ナガセが楽器を鑑識するために専門家を派遣する
から協力を、との要請に出来るだけ応じてきたつもりである。その間に
も、みどりが非協力的であれば、、、、らしき一種のプレッシャーという
か、音楽馬鹿にとっては脅迫じみた言葉も賜ったり、笑い話にもならな
い、非常識なことを当然と述べてこられる管財人さんに怒鳴りたい気分
と、みどりがどんなに心を痛めているか、を思うと、苦しい毎日が続い
ていたのは当然です。

彼女が何よりも大切にしているヴァイオリンは、親でもない林原から、
みどりが死ぬまで、好きなだけ、好きなように使って下さい、と現物を
見もせず、彼女の選んだ楽器を貸与されたものです。
与えられた喜びを社会に還元し、次世代に受け継いでいくことがメセナ
の真髄であるとすれば、みどりは彼女の出来うる限りの社会活動をし、
楽器と自分自身の極限をもって音楽を聴衆に伝えてきたと、私は確信
しています。

去る10月11日、日本の管財人代理とやらの派遣グループがNYの
自宅を訪れ、席に着くや否やオークションの算段をはじめ、挙句には、
既に買い手が見つかっていて、みどり以外の誰かに貸したい由、又、
ナガセの社長に於いては、最初はメセナを継ぐ意思があっても、今は
全く興味がないので。と、のうのうと言うのを、私は、何か売れないドラ
マを見ているような、それでいて心臓が膨らんでボコンボコンと打って
いるのを、不思議に聞いていました。

[節の日記] 2011年10月4日 17:00


「思い出のさばバーガー」

先ほど、龍がカンボジアに向かう途中の成田の空港から、現状報告の
電話があった。このトリップから帰ったら、ボストン近郊で2つリサイタル
がある。一人での旅行に、慣れるのは本人だけでなく、こちらの心配
如何ほどか。甘やかせて育てたからですね。
ボストンには絶対一人で行かせようと思っていたのだが、夏に大変お
世話になったイスタンブールの林総領事が、お嬢様にお会いになるの
を兼ねて、はるばる来て下さるとの事。それではご招待券をと申し出
たら、すでにインターネットで買いました。と。実は私、チケットの値段
も知らないが、ご招待は当たり前ですのに。

イスタンブール空港に到着したら、奥様のお迎えが待っており、時差
でまともな応対のできない私たちをトルコ料理レストランに連れてくだ
さったこと。その海岸縁で「さばバーガー」が一般的に売られている
状況説明から、さばの大好きだった亡き父と一緒に来たかったなあ、
と自分に引きこもりがちになるのに耐えて、塩辛いヨーグルトで目を
覚ましていた(美味しいのです)のを思い出し、ちょっと待てよ、
サバとは日本語トルコ語?トルコ語日本語?と今考え出してWikiで
調べる。確かにトルコ名物であることはどこにでも記されているが、
さて語源はわかりません。物知り林総領事に確認をするためにも
ボストンへ行こう。味は次に訪問したときまでお預けにして。

[節の日記] 2011年9月22日 06:00

NYはもう秋の真っ只中、1週間の日本滞在の間に涼しいを通り過ぎそうな
秋の訪れです。
日本には台風が襲っています。つい先日台風の大被害があったところに、
又たてつづけですね。私のようにのんきにしているのは肩身が狭いくらい
NYは災害の少ないところです。
ここに移り住んで30年、みどりのデビュー30周年を迎えるのですから、
なんと言っても支えて下さった方々には、感謝あるのみです。
あの人、この人、どうぞご無事であられますように。

[活動スケジュール] 講演会のお知らせ 18:45

五嶋節 講演会

            「私の近況」
~ ヴァイオリニスト 五嶋みどり・龍の母として~


2011年7月23日(土) 13:30~15:00

会 場 : 朝日カルチャーセンター千葉 教室
       (三井ガーデンホテル千葉5階)

チケット: 会員 2,730円  一般 3,255円

■主催  朝日カルチャーセンター千葉

■お問い合わせ
    朝日カルチャーセンター千葉 http://www.acc-c.com/
    電話:043-227-0131

[節の日記] 2011年6月24日 13:20

<旅 -後編->

イスタンブールのコンサートが終わって空港に向かい、香港経由で
高雄(カォウション)に到着。その後プロモーション、台北に移動、次の
日はプロモーションの後ピアニストとのリハーサル。次の日、リハーサ
ル、コンサート。次の日、高雄へ、リハーサルの後、午後のコンサート、
世界でも稀な美術品コレクターで大実業家の美術館を訪れ、会長との
弁当晩餐、(レストランに行っている時間ナシなので)、懇談会、台北へ
戻る。
コンサートですか?両方とも、私の目(耳)から見れば、よかったです。
次の日はですね、二人とも、寝ていたかなあ、、、。で、次の日、5時に
ホテル出発、ベトナム到着、ってな具合です。ハノイは、気温は台湾と
変わらないようだけれど湿気がすごい。台風が来るとか来ないとか。
なるほど。

これをあまり強調すると楽器をお借りしている手前、返さなくてはいけま
せん。と言われそうなので、これにて省略。

あったあった、忘れるまで覚えている思い出が。こちらの女性は若く見
えます。統計的にもですが特に美人はワケワカンナイ。コンサートミスト
レスは、可愛いね、それにしても落ち着いてる。後でわかったことは
2人の子どもあり、一人はこの夏から米国へ高校留学を。領事館での
コンサートピアニストは3人の母親、既に年長のお嬢様はシカゴに高校
留学、美人。スタイルがいいんですよ。イスタンブールから始めたエク
ササイズを毎日することにしています。年寄りの冷や水、といわれよう
が、そんなこと言ってられません。教育問題にも唸らせられました。(こ
れ次号。)

ココでは大使、谷崎大使のことを述べなくっちゃ。小学生の頃からヴォ
イスではソロ・オンリーの年齢不詳大使は会社(外務省をこのような名
称で言っておられる)の意向は?と尋ねたいほどざっくばらん。(以後、敬語略)

龍の1日目のコンサート後、舞台袖に帰ってきた龍を見て、なるほ
ど、、、と思うほどシャツがセクシー???ちょっと形容がマズイです、
が汗でシャツが体に張りついていて、急いで着替えさせたら、シャツか
ら汗が滴り落ちておった。大げさではございません。それをカーペット
に置いたら、シミがついていました。私はお客様への挨拶は失礼して、
楽器を丁寧に拭き、ケースにしまった後大使に会ったのです。冷房の
ない楽屋(楽屋も、冷房なしの36℃)の前で、順番待ちをされている。
「いやぁ。良かったです、良かったです。」で、その後の食事の場で会う
のになあ。食事会でわかったことは、大使は例外の音痴で小学生の
ころから、音楽の先生が成績を付けるために、伴奏を試みられるのだ
けれど、なんせ、音痴度についていけないので、「一人で歌いなさい」と
ソロに徹していたとのこと。私も「あまりの湿気で指版がくっくっ、という
ほど努力しないとポジションチェンジが出来なかった」と龍が残念がっ
ていました。と言っていたのを伝えるのは止めました。「で、どうした
の?」って聞かれるでしょうから。

[節の日記] 2011年6月24日 13:00


<旅 -前編->

龍の卒業の前後は主にNYでの活動が続く上に、みどりの日本での
ツアーや来年の彼女のデビュー30周年企画が暗礁に乗り上げている
こと、あれこれで、足が地に着かない毎日でした。
トルコ-台湾-ベトナム、に旅立つ2日前にツアー・スケジュールを
東京オフィスから送ってもらう手筈にしておいたのも、早めに聞いてい
ても絶対に頭に入らないことがわかっていたからです。
さて、スケジュール表を見て、龍の演奏以外の仕事の一部である
「諸々」が少なくないことに気が滅入りながら出発。今日は既に後一つ
のコンサートを残し、帰途に着くところであります。3日前、ベトナムの
ホテルでコンピューターがダウンし、NYに戻るまではメールは送受信
不可能で諦め、もっぱら携帯電話のテキストメールで切り抜けました
が、“とろい”私には携帯での通信に限界があり、ホテルの部屋に帰る
や眠くてかなわないし、渡りに船、とベッドに倒れこむことを許された
ような有難い今日この頃でした。久々に、日記を書きたくなるような
夢を見て自己陶酔してみたり、テレビをつけることを思い出したりした
のも、このコンピューターがくれた「ご縁(?)」でしょう。

いっぱい経験させていただいた中で、今回はトルコ、イスタンブールの
林総領事ご夫妻、ベトナム大使との出会い、の前編を書きたいと思い
ます。過去に何人かのそのような方とお会いしましたが、今回ほど心
に残ったお三人は私にはございませんでした。(あら、何か急にご丁寧
な言い回しになったのは?オカシイ。)
私とみどりが渡米して間もなく、NY総領事館の窓口でけんもほろろに
扱われ、それ以来、領事館アレルギーは潜在的にあったにも関わら
ず、わが子のお蔭か、近頃は居心地が悪いほどご丁寧な扱いをされる
のかと、ひがみ根性は輪をかけるばかり。で、です。わかっちゃ居るけ
ど、この「ひがみ」も中々捨てがたく、そのたびに、顔で笑って心で疑い
深ーく、ご挨拶から始まるのであります。

林総領事には(ココから敬語略)2人の娘がおり、奥様はかなり交際範
囲が広く、テキパキと現地在住の日本人女性を牽引するタイプ。以前
現地の大学で日本語教師をされていたとのこと。総領事と毎朝早歩き
の日課あり。娘たちの教育に実に熱心。お料理の腕前が抜群。なに
せ、マグロの刺身をデザートに出されているレセプションには、異常を
感じたのですが、異常人は私であって、マグロに見えたそれはリンゴの
赤ぶどう酒コンポートであり、薄黄色の得体の知れぬ「はまちタイプ」の
刺身は、梨の白ワインのコンポートだったのです。あまりアルコールを
嗜まれない夫妻は、接待で残ったお酒をこのように使うのよ、と笑っ
て、、、じゃこれ残り物?と言いかけて、日ごろ果物を食べない息子と
私が、お愛想で口にしたら、、、美味しい!めっちゃ美味しいのです。
腕に自信があるのでしょう、だからの発言だ、と納得。総領事は我が
愚息と広範囲でお話をして下さり、社会活動で日本人学校、障害者
施設を訪れたときのスピーチなど、どこかの議員さん連中に額にして
送り付けたい。そんなことしても効果がないのは見えているか、、、。

アメリカのスタンダードに慣れているので、総領事のスリムさ、がとても
気になる。というかわれわれの“デーブ”が気になりだした。

会話から世界観とか、愛国心が伝わってくる。

総領事がすごい熱意で実現して下さった今回のトルコ・リサイタルデ
ビューは成功で、次回の現地招聘の声もいただいたとの知らせが
届いた。今更ながら、イスタンブールのケバブ(肉料理)、サバ・サンド
の匂い、が懐かしい。心のこもったおもてなしをしていただいたご夫妻
へのご恩返しは、「次のイスタンブールでのコンサートはご夫妻のお
蔭でドアが開かれたのです」とお二人をご招待する他ないかいナ。と
龍と話しておりましたが、なんと、もうすぐ転勤かも、、、ですって。
それは困るのです。これから旅を重ねるであろう龍を息子のように
受け入れて下さる方を訪ねて行くのですのに。

[メディア掲載情報] プレジデントBaby 第3号 00:00

プレジデント社 「プレジデントBaby 第3号」(6月15日発売)

~天才が育つ土台/五嶋みどりさん&龍さん~
    なぜ自分を信じられるか

[節の日記] 2011年5月28日 10:00

大変ご無沙汰いたしました。

皆様如何お過ごしですか。東日本大震災でご不幸に見舞われた方々に
心からのお見舞いと、日夜復興、被災者のケアをして下さって
いる方々に感謝いたしております。
NYでも殆ど毎日ほどチャリティーのイヴェントが行われ、限られた人
たちの集まりですから、以前より共通の話題で近しくなっています。
私も街角で大声を張り上げて募金箱を抱えたり、チャリティーコンサート
に通っている感じです。

そんなこんなしているうちに、息子 龍が大学を卒業いたしました。
ついこの間入学したのに、あっという間の私だけの時間を持てた瞬間
でした。高校の卒業式は親子喧嘩のあくる日で、意地でも行ってやる
ものか、と参列しなかったので、今回は大人になって、と行きました。
疲れました。あんなに沢山の卒業生が大学のヤードに一同に集まり、
教授陣、卒業生の人たちなんかが、いでたち宜しくぞろぞろと2時間
くらい歩き回ります。わが子はどこなの?この炎天下で、帽子とお揃い
の長~いガウンをまとって、のろのろと鼓膜の破れそうなマイクロ
フォンから流れる吹奏楽(バンド)に相反した、行進をしている。
早く終わって!と帰りたいのをじっと我慢。これが最後のハーバード
の儀式だから。我慢は疲れますね。大体卒業してからが大変なので
すもの、大して勉強していなくても「学生ですので、、、」とゴメンナサイ
していたのが出来なくなる。あなたは社会人でなくては、と見られる。
雨よりはマシ、と言い聞かせながら明日からの社会人候補のわが子
の行く末を考えていると胃が痛みだしました。
午後はそれぞれのクラスに分かれて卒業証書の授与式。1枚の紙
をゲットするのにかかった金額を計算していました。長々と堂々巡り
する訓示兼祝辞を聞きながら。これまた炎天下。


お蔭様です、くじけそうになっても、皆様の励まし、お世辞、に自分を
取り繕うことが出来た5年間でした。息子はどこから見ても、やっぱり
昨日とあまり変わらないノー天気の龍。どうしましょう。社会人です
大人です。自分で何とかしていただきましょう。